猛烈な勢いでメモ ダッシュ

短い話とか 俳句とか

映画批評

ひいきにしている映画評論家がいて話がうまい。彼が調子にのると銀幕の世界が霊かなにかように舞い降りてくる。ときどきこの評論家に騙されて、映画館に足を運び落胆する。映画より評論の方が面白かった、という意味だから別に責めている訳じゃないけど。ここには、ささやかな悪意の伝達があるような気もする。──映画を見て何かを持ち帰りたいと貧乏性なぼくらは思う。話のスジやオチ、女優の美形ぶりや、教訓や、映画史的に述べることが可能なことや、あるいはなかなか上手には言葉に出来ないことを。言葉にしにくいけど、そこにはナニかがあった、という語り口をしなければ、それは語れないものなのかもしれない。いいかえるなら、ここにはないそれが映画の中にはあった、きみも映画を見ればそれを確認できるよ、という風に。そんなにいうなら、って訳で、ぼくらはそのナニかを見に映画館へと向かう。ともかくこの会話に参入したいなら、映画を見ることが最低限の条件でもあるのだから。たまにぼくは、そのナニかを映画の中で見失う、というか見つけられない。たんてきにいえば退屈する。でも、怒っちゃダメだよ。それの不在を知ったのも、映画を見たからこそ。ぼくに出来ることは、この映画のことをまた別のひとに語ることだ。ぼくの語り口が十分に映画的なら、また誰かが映画館に足を運ぶことだろう。