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短い話とか 俳句とか

一冊の本

        

  • 一冊の本を抱く少年がいる。本を抱くということが、なにか気取ってるようにも見えたのか。彼は学友たちに、からかわれる。少年はそんな連中から顔をそむけ、ひとりになれる場所を探し。また一冊の本に目をおとす。少年は思う。……お前たちはお前たちの喧騒をゆけ。ぼくは、ぼくの静寂を歩む。

以上はイメージ。ただ思いつきだから、本のタイトルもあげられないし、空想の上に空想を重ねても仕方ないって気もする。べつに読書家って訳でもないし。でも考えてしまうのだ。ただ一冊を選ぶ、ということについて。
考えると、本って不思議だ。有史以来、書かれた本は限られたもののはずなのに、すべてを数え尽くすことは出来ない。それで本は無限っぽくも見える。無限の本に埋れた図書館は全体を見渡すことさえかなわず、すべてを読むことなど誰にも出来っこない。

  • その中から、ただ一冊を少年は選んだ。静かに鉄の格子が降りはじめる。少年は気づかなかったが、その一冊は彼の牢獄なのでした。……ガッチャン!……人が本が選ぶ。その逆ではない。  

これもまた、ただのイメージに過ぎない。しかも月並みな。読書家の友人がいたなら。「そんな話、読んだことあるよっ!」ってタイトルまで教えてもらえそう。

  • 一冊の本は少年に告げる。……「吾人は愛撫に飢えておるぞ。淋しい思いをしてきたからな。お前もまた、そうなのだろ?」……少年は嫌な顔をする。本は続ける。「お前が私を隠してくれたことを嬉しく思うぞ。だが、真理は秘密を嫌う」

一冊を選ぶのは間違っている。間違っている、っていうか。「この一冊」というのは一種の煽り文句か、括弧に括られた方便のようなものだ。本は単独では存在しないのだし。ふつうに読めば本は本を呼ぶ。礼儀正しい本ならば、本は本に挨拶をおくり、それはどこまでも連なっている。本たちは本たちで騒々しく、読書家も忙しい。なにせ読まなくちゃいけない本は、星の数ほどもあるのだ。