こんな話をかいた
- 野原で初対面の蛙にこう言われた。「貴方は私についての本を書く事になるでしょう」僕はじろじろと蛙を見た。けれど蛙は自信満々。「これから冒険の旅に出て宝剣をゲット。私は蛙の王になります。貴方はそれを書くのです」僕は天を見上げた。「それで。その本は売れそうかな?」
- 綱渡りは命がけ。ぼくは視界のすみにアイツを見る。重要なのは正面からアイツを見ないこと。もしアイツの瞳にぼくが映り、映ったぼくの瞳の中にもアイツがいたら。きっと、ぼくは死ぬ。確信があるのだ。だから。横目でチラリと見るだけにとどめる事は、とても大切なのだ。
- 一日の終わりにはサボテンと話すのが日課だ。その日あったことを私は話す。出勤途中であったバカのことや、職場であったバカのことや、食事のときにあったバカのことや、その他、諸々の場所で出会ったバカのことを。サボテンは辛抱強い。歪な形にはなったが、えらい奴だと思う。
- 夕食時、母は娘に言った。「ご馳走、ありがとうね。でも私と二人。可哀想。可哀想な子」この口癖に慣れる事が出来ない娘のこめかみで、血管がピクピクと動いた。彼女は母の手をとりベランダに出た。「おっかさん、見て。夕焼け。私は幸せ。何時も。世界で。一番。幸せなんだ!」
- 最近、肩が凝る……と思って右の肩を見ると白い天使がいて、良い行いをカウントしてますよ、と笑った。左の肩には黒い天使がいて、悪い行いを数えているそうだ。でも目をこらすと天使の両肩にもより小さい天使がとまっていて、なんだかタメ息。ぼくも誰かの肩にとまってるのかな?
- ドアを開けるとドミノが並んでいた。ドミノの列は角を曲がりずっと続いていた。黒猫が前を横切り、誤ってぼくはドミノを倒した。ドミノの行先を追っていくと、ドミノは徐々に巨大になり、ついに轟音が響きだし、市営住宅が倒れはじめ、その先には高層ビル街がそびえていた。
- イヤな奴がいる。僕らは互いに互いに避けている。彼とは何もかもが正反対。分かり合うことは絶対にない。一度だけ遠目に見たが、脂汗が流れ僕は爆発しそうになった。息を切らし僕は逃げた。たぶん彼もだろう。出来るだけ距離を保つべく、いま僕らは惑星の両極に住んでいる。
- 僕は魔術師。世界系の真面目な奴だ。どうもうまく説明できないのだが。魔術師は世界の秘密をあかし、それに働きかける。星の運行を眺め歳差運動に気を配り、しかるべき時にしかるべき場所に魔法陣を描く。魔法が発動したのち世界は変わっているのだが。誰もそれを理解してくれない。
- 椅子に座った婦人の肖像画。緻密に描かれた陶器のような肌や黒い瞳とは対象的に、背景に垂れた赤い布のタッチは荒い。絵には描かれいないが、この布の背後には夫が立っている。彼は婦人の不貞を疑いこの布を持ち上げ、銃で画家を撃った。そのため絵は未完成に終ったらしい。
- ふたりで食事をした帰り道。唐突に。この女とは一緒にはいられない、と思った。ビルの上には微かな月。糸くずのような細い月がかかっており、私は言った。「今夜の月は醜いですね」
- 「粗茶ですが」と出されたお茶は本物の粗茶だった。嗅いで香りはなく、口に含んだ瞬間。破れた障子ような、埃っぽいような、粗末つぅな感じが全身に広がり、実際、がっくりして力は抜け、その場にへたりこんでしまった。
- 何時になったら秋はくるのだろうか。夏は何度もカレンダーを見かけした。だんだん心配になってきて、秋の存在にさえ疑いを抱きだした。夏は独りごちた。……そういえば秋と会ったこと、あったっけ?……もちろん秋は存在していた。高原で涼んでいたのだ。