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猛烈な勢いでメモ ダッシュ

短い話とか 俳句とか

名刺としての作品

むかし、こんな先生の話を読んだ。
先生は教師なのだが小説も書いていて、それは本にもなっている。でも、あまり売れていない。出版社に顔だすことになって、寒々とした世間話をする。さて帰ろうとすると、編集者が言うのだった。
「先生、これ。少しはもって行って下さい」
先生は自分で書いた本を20冊ほど渡される。風呂敷に包み帰路につく。荷物が重くて、だんだんイヤになってくる。電車に乗って小一時間。駅につく 。先生は少しばかり投げやりな気分。改札を通るのが面倒くさくなり、ホームから降りてしまう。そうして、家がある方向に線路を突っ切ろうとして、駅員さんに怒られる。
「ともかく、こっちにきなさい!」
と駅員さんが怒鳴るので、先生はその言葉に従う。そうして駅長室に入り詰問を受ける。
「あんた、いったい、どういうつもり?とりあえず身分証を出して」
そこで先生は閃く。手にした風呂敷包を机の上に置き、開いて言う。
「見たまえ。私の本だ。私が書いた。著者紹介の写真を見るがいい。私だ。私が露わにいる。この本が私だ。情熱なのだ。もっと目を凝らして。見たまえ。揺らめく炎が見えるだろう?下手な身分証よりは、よほど詳しく私の人となりを諸君に伝えることは確実。あげるから読みなさい」
 
  
この話も、どことはなく好きなのだが。
自分自身を紹介しなくちゃならないときに。……私はこういうものです、こんなのを書いています……って述べ作品を示すっていうのも、ネットではままあることかな?という気もしないでもない。それもたぶん、燃える魂の名刺なのだ。