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猛烈な勢いでメモ ダッシュ

短い話とか 俳句とか

「活字ばなれ」

よく言われることではあると思うだけれど。「活字ばなれ」という言葉は変だと思うのだった。だって印刷所から鉛の活字が消えて、もうずいぶんな時が過ぎたと思うから。たぶんオフセット印刷?とかが主流になったときに、もう活字はほとんど消えていったはずで。それって、いったい何十年昔の話なんだろ、と思う。けれど道具や技術しての「活字」が時代から退場しても「活字」という言葉は残り。「活字」はおもに印刷物、書籍を指すようになり。「活字ばなれ」=書籍が売れない状況を意味するようになったのだろう。たぶん。
一方ネットは広がり、ペパーレスのネットVS印刷物としての本という対比がお喋りの主題になるようなった。そこでは無料のテキストVS既存の商業ベースにのった有料のテキストという対立も往々にして語られる。で。ぼく個人の話なのだけれど。ぼくもあまり本を買ってないし、読んでない。だけど、それはまあ前からそんな感じなのだ。ずっと読書家じゃなかったし、本の蒐集家でもなかった。ごめんなさい。←なぜ、謝る?(* ̄Θ ̄*)
でも、でも。文字はいっぱい読むようになった気がするよ。おもにネット上の記事やブログ等を拾い読みみたいな形ではあるけれど。
あなたは年間に何冊の本を買い、読みましたか?という質問もなるほど有意義だと思うけれど。より興味がわくのは、あなたは一日平均、何文字の文字を読みますか?って質問じゃないのかなぁ。
問題は「活字ばなれ」じゃなくて、「文字ばなれ」が起きているかどうかだとぼくは愚考するから。想像にすぎないけど、人々は10年前より文字を読まなくなった、ということはないんじゃないかなぁ???人々が出力する文字数にいたっては、メールとかの利用を考えると、絶対に増えているでしょう?と思うんだけどなー。確かに調査は難しいだろうけれど。
(>ε<)