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猛烈な勢いでメモ ダッシュ

短い話とか 俳句とか

まんが 推敲ちゅう

まんが

鬼はそと

 
鬼のぱんつはいいぱんつ♪


来年の描く予定の漫画 ><

「やっほー巻き」
(1)三角錐のメガホンのような海苔巻きを巻く、くま。
(2)「変わってるね」という、うさぎ。
(3)リュックを背負って山を登る、くま。
(4)頂上で海苔巻きをメガホンのように持ち
   「やっほー」という、くま

「方角」
(1)宇宙船
(2)「今年の恵方はどっちだっけ?」と、うさぎ。
(3)「おおよそ、こっちかな?」と、くま。
(4)地球に向かって、海苔巻きを食べ始める、うさぎとくま。
 
 
 

こんな話かいた

短い話

ふたりの本

思い出の本を手にとった。すっかり忘れていた。
むかし彼女と二人で読んだ。笑いながらベットの上で。
愉快な読書だった。手にとり目をおとすが、
うまく文字を追うことが出来ない。
笑ってもいいが、何かを読み解いてのことではない。
同時に二人の読者を要求する本なのかもしれない。
二人でないと読めないのだ。
 
 
 
 
 
  

年寄りは春を数える

徒然

「元日や手を洗ひをる夕ごころ」(芥川龍之介

名句です、って紹介されていた。この「夕ごころ」はたんに夕方ですね、みたいなことで。「元日」なのに特別なこともなく、365日の中の1日の夕暮れとして、フラットに捉えている感性が新しい……って、たまたま見たページには書いてあった。
ぼくは分かる気がする。でもお若い方からすると、どうなのだろう。だって。いまは元旦でもお店は開いてるし、ファミレスも、コンビニも、大晦日、元旦、関係なしだし。この句が詠まれたときにはあった新しさみたいのは、伝わりにくくなってるかも、とも思った。

数えの場合。お正月にみんな一斉に、ひとつ歳をとっていた。むかしの元旦は、みんなのお誕生日会みたいなものでもあったかもね、って話を読んだのだった。へー、と思った。そういえば旧暦の場合、「新春」は文字通りっていうか、暦どおり、「春」だったことだろう。春がきてまたひとつ、年をとりました、という実感はより素朴なことだったかもしれない。