猛烈な勢いでメモ ダッシュ

推敲してます。漫画とか。俳句とか。

推敲のはなし


「推敲」とは、文章を練り直すこと。この言葉には超有名な故事がある。

唐の時代。
賈島(かとう)さんって方がいて、公務員試験の会場に行く途中だった。ロバの上で「僧は推す月下の門」ってポエムを思いつき、ひとり悦にいった。しかし少し待てよ、「推す」よりは「敲く」の方がいいかな、とも考えはじめた。ポエマー賈島は手綱も離して、門を推す仕草や、敲く動作を自分で演じてみたが、結論は出なかった。そうやって
…… 迷うな「推す」なの?「敲く」なの?どっちが好きなの?……って往来でやってるうちに、お役人の列に突入してしまう。それは韓愈って知事さんの行列であった。
前方不注意のポエマー賈島は速攻で捕らえられ韓愈さんに前に連れてこられた。偶然にも、韓愈さんもポエムの世界では有名な人だった。
…… 迷うな「推す」なの?「敲く」なの?どっちが好きなの?……問題にポエマー韓愈も興味をもち、「敲く」の方が音響的なひろがりあって良い、と述べたそうな。以上、ネット調べ。

要約すれば。詩作の縁で友達できちゃった、ってことじゃないかな。いい話だ。推敲っていうと室内で一人で行うもの、ってイメージがぼくにはあったけど。往来の出来事として描かれているのが面白い。
ロバもいい味だしてる。自動車の自動運転技術も、道路にロバ的な大らかさを回復するものならば、ポエムもより盛んになり、けっこうなことではないだろうか、って思った。

くま的マンガ上達法


  
我が偏見を述べるなら、字が下手なひとは絵も下手だ。
だが上手い下手はこのさい、もういい。線はしっかり、ゆっくり、ひきましょう。自信なさげな線は上手い下手以前に、ちょっとあれだから、って話ももっともな感じしてる。
漫画とか特にそうかもしれない。漫画に描かれる顔など記号だ、と仰っていた先生もおられるくらいだし。目とか、口とか、鼻とか、描こうとしないでいいのかもしれない。へのへのもへじ、でいいんだ。っていうか。へのへのもへじの文字を書くようにして、記号の配置に気を配った方が簡単かもしれない。
だとしたら。お習字の教室に通って、へのへのもへじを書くのが、漫画上達の早道かもしれない。なるほど。流石に違うような気もしてきた。
 
つのつのこしつ

 
  

お助けマンとしての季語

季語から俳句を詠む、ということもふつうにある。
この場合の季語は規則みたいなものなのだろうか。俳句だから季語をいっこ入れておきなさい、というような。あまりそんな感じはしない。何かを詠む動機づけにはなっていると思う。何かしらを表現したいなあ、と思ったときのとっかかりか。一段目のステップのように使われることもあると思う。こうした季語って何かしら、お助けマンみたいな感じがする。……さあ、ぼくを踏んで、ジャンプするがいい……みたいな。
 
 
 
 

まんが 推敲ちゅう

トリックオアトリート ロボットの仮装

 
ハッピーハロウィン 南瓜の馬車2

  
ハッピーハロウィン 南瓜の馬車2

ハッピーハロウィン 南瓜の馬車

  
トリックオアトリート