猛烈な勢いでメモ ダッシュ

推敲してます。漫画とか。俳句とか。

こんな話を書いた

山の中。斜めに張られた天幕の下で、鉈を手にマキを割っていた。小雨が降っていて、犬は頭を垂れいる。炎は水蒸気を含み煙ってる。炎の上には釜があって、小さな五右衛門風呂のようだ。草の茂みから、にょろにょろしたものがやってくる。
にょろにょろはタコで会釈すると、八本うちの一本を細くして湯加減をみる。ざぶりと湯に浸かる。お湯が溢れて私は、しかめっ面になるが。またマキに鉈の刃を振り下ろす。平たい台座の上に、とんとんと打ち付けるうちにマキは割れる。
「大した腕前ですね、斧名人だ」とタコがいう。
意味が分からない。鉈で、とんとんして何が斧名人なのだ。何を言ってるのだ、と思う。斧をふるって柄を折った事を思い出し、なお不機嫌になる。「いやまあ、精が出ますな」とタコ。湯を堪能したらしいタコは少しだけ赤くなり茂みの中に帰っていった。「ごちそうさまでした」

一人になって。ああ、タコは世間話をしようとしていたのだな、と思い至った。それで目にしてるものを褒めたのだ。褒められたら嬉しいものだろうから。でも私は不機嫌になった。変わった奴だ、と思われた事だろう。風向きがかわって煙が顔にかかり、また不機嫌になった。
 
 

こんな話を書いた

探偵は仕事を断った。人が死んでいたからである。探偵は言った。
「殺人事件はいけない、一度、解決したが運の尽き、探偵の身の回りで殺しが始まるのさ、日常的に、息もつかせず、解決を待つ屍体の山さ、名探偵の呪いと師匠は呼んでた」
 
天使は飛ばない。天使を目撃するとき、人は同時に空の深さを見上げる。やんごとなき方の御使いは、ふんわりと宙に浮かび、舞い降りてくるが。飛んでいるのではない。光の波の間を泳ぎ、浮かんでいるのだ。
 
嵐の過ぎた朝。蔦の絡まるお屋敷で魔法瓶のお茶をコップに注ぎ、透明人間とお喋りをした。透明人間はいい奴なのだが何が気にいらないのか、すぐに怒る。だが彼の拳は宙をきる。興奮すると存在までが希薄化するみたい。
 
※※審問官はカップルを憎む。物語の終わりを告げるゆえに。幸福な二人組に寛容ではない。知恵ある二人組はお互いに秘密の名前をつける。動物や食べ物であることが多い。そうして符丁を使って会話をする。二人だけの暗号が楽しいのだ。多くの場合、解読は難しくない。「愛している」「私も」の繰り返しである。
 
一風変わったマイルールに従って、町を歩き回っている人がいる。聞けば、もはや脅迫的な観念に追われており、徘徊する事をやめられないらしい。心のお医者さまがいて辛抱強く彼の放浪につきあう。次の角を右、次は左、傍目にはひっちゃかめっちゃだけど、そこには一定の規則性がある。
ところで心のお医者さまは電車の時刻表が読めず一人では旅行もできない人で、駅に近づくたびに冷や汗をかいている。そうやって心のお医者も頑張ってるのだ。強迫観念に追われてる人の規則性。それを知ったところで何の意味もないだろう、とは思いつつ。
彼らの道行は一年にも及ぶ。同じ町をぐるぐる。突然、正しい道順を見つけた、今度こそ間違いない、と脅迫観念に追われてる人がいい、心のお医者さまも後に続く。曲がった角に光芒、翼のある者が降臨してくるのを彼らは見上げる。問題の道順は、何かを呼び出す魔法陣だったのだ!
 
ずっと蝉が鳴いている。冷たい水を飲んでも。ぼんやりして、いろいろ区別がつかない。秋の風が吹いて月を眺めても、まだ続いていたら。ああ、耳鳴りか、と確信を持てるかも。
 
バスにのっていたら、屋上が緑でいっぱいのビルがあった。三階建の建物だったが、かなり高い木も茂っていてジャングル。凄いなって思った。でも、あたりは広々とした郊外で。実際、駐車場も広くて。駐車場の一部に木を植えてた方が手間なしな気もした。屋上緑化の会社だったのかもしれない。
 
 
 

こんな話を書いた

訪問者は帰ったが彼は落ち着かず、小説の続きを書く気分にはなれなかった。翌日も来客の影は残っており、シャワーを浴びても料理をしても散歩をしても影が立ち去る事はなかった。作家生命は風前の灯。言葉に出来ないし、したくもない影を殺す話を書かねば。
訪問者の影は消えず、不死身だった。殴っても斬っても絞めても沈めても、平気。毒を盛ってからは、なぜか一緒にお茶を飲むようになった。原稿は雪原のよう。何時までも、その白さを誇っていた。
そんな夜、影の呻き声に目を覚ました。弱点を見定めるべく、そっとドアを開くと、影は机に向かい唸っていた。原稿の白さを威嚇するごとく。ああ、影の黒さはインクのそれだったのか。と思った。
 
「暗い嵐の夜だった」……ビーグル犬の書いた新作を私は読んでいた。ノベルAIを自ら動く躯体に入れるのが、最近の流行なのだが。キーボードを叩く超マイペースな横顔を眺め、私は思った。アルマジロでも良かったな。
 
ついに小人さんを捕獲した。物音がしてドアを開けると、ひっくり返った花瓶の中に、囚われている小さいヤツを見つけただけだが。キャラメルで懐柔し、長年の疑問を問い質した。なぜ庭に穴を掘る。小人さんは答えた。趣味だ。
「足いたーい」と言ったら。小人さん達がやってきてマッサージしてくれた。……となればいいと思うのだが。我が家の小人達ときたら、怪しげな注射器は用意するわ、ノコギリを持ってくるわで。油断がならない。
 
夜に起きた女は、鏡の前に立つと拳を突き出した。鏡と結婚は人を増やすゆえに忌まわしい。放射線状にひび割れた世界は、蜘蛛の巣のようだった。中心には指輪があった。百年後、彼女は剣の女王と呼ばれる。
 
秋の海岸に花嫁が現れるのは、写真撮影のためだった。近くのホテルからスタッフと一緒に小型のバスに乗ってくるのだ。砂浜には遊泳禁止の看板が立っているが。水着で遊んでいる子供もいる。子供も花嫁を見る。手を振ると、花嫁も手を振り返す。
 
蟻の行列を見下ろし、演説をした。暑い、我々はフライパンの上の卵か、太陽は調子にのりすぎだ。……ここで木漏れ日の拍手……だが灼熱の圧政も長くは続かぬ。今は空に聳える城も、やがては砂にかえる。ハッキリと言っておく。風が吹くのは、二百十日
 
井戸に底に住む蛙婆さんは物知りだった。空の深さ以外にも、芸能スポーツ経済、宮廷の裏話まで。色々な人が井戸に向かって話すからなのだった。絶対に秘密の内緒の話だ。蛙婆さんは頷くだけだったが。彼女がその気になればドミノを倒すように、王政を転覆させるのも容易い事だった。
 
塩抜きしたお魚のように。可哀想な子ね、と言われたので。ありがとうございます、と答えた。こんな私の事まで気遣ってくださって、ありがとうございます。こう話してお互いに何の悪意も、皮肉もないのだった。
 
お腹が空いたので友人に電話をした。「元気?ところでオオコウモリって知ってる?へえ。うん。それだけ」こう電話すると、気のいい友人は考える。いったい何事?解せぬ。もやもやした友人は訪問を決意。ワインとパンと缶詰を持って、この部屋をノックするはずだ。10分の6ほどの確率で。
 
霧の中で天使をスケッチするのは難しい。白い画用紙に白い色鉛筆で牛乳を描くような難しさだ。力むと紙は凹む。そうして出来た幾重もの力の痕跡は可能性には開かれており、何かの形に見えないこともない。が。「ぜんぜん似てない」と言われた。
 
硝子のぶつかる高い音が聞こえた。朝靄の白い世界、自転車を漕いで牛乳屋さんはやってくる。寝返りをうち、ぼんやり。何か間違ってる気がした。また高い音が響き、分かった。資源ごみの日だ。起きねば。
 
母の日記を見つけた。それはネットで公開されていた。日記の中の母は、私の知っている母とは少し違った。まあ、若い。文末には「……と日記には書いておこう」という一文が何時もついていた。あと徳川家康への、こだわりが凄かった。
 
尾花の中。古戦場でも有名な※※ヶ原を分隊は横切っていた。新兵達は立ち止まった。上空、概ね7メートル、丸い月の下に白い服の女が浮かんでいたからだ。班長は新兵達を見た。各自、状況を述べようとするのだが言葉が出てこない。班長は言った。「その場にて腕立て伏せ。筋肉は裏切らなーい」
 
 

こんな話を書いた

とある魔術書に。鵺が鳴く夜、猫より魂を戻す方法が書かれていた。猫に魂を入れて窮する者がいた、という事だろう。けれど猫に魂をうつす方法はどこにも書かれてなかった。昔の人にとっては記すほどでもない、よくある事であったのか。猫の瞳を覗き占う術も興味深かった。これも鵺が鳴く夜に行え、とあった。
 
悪い本も存在する。だが人が本が選ぶのだ。花の蜜に誘われた虫のように。人が本が開き、奥へと歩を進める。道は曲がっている。親愛なる読者よ。よく考えるがよい。その間に本は長い腕をのばし、背後からお前を捕まえる。パクリ
 
「気持ち悪い」
すれ違いさまに、また言われた。研究室の椅子に座り私は父に尋ねた。「親が呪いが子にうつりとは、どういう意味でしょう?」父は腕組みをして、呪いなどないと言った。「お前は科学の子だ。他人の述べる美醜など気にするな。私も造形センスが酷いって言われるけどさ。私は、かっこいいと思ってる!」
 
旅の途中、丘の上の城跡で火をおこし横になっていたら。折れた石柱の影から、首なしの女達が現れて、ふわりとした衣装をなびかせ踊るように駆けていった。続いて王らしき方が現れ、月光の反射する剣を手に女達を追っていった。次に女の首が飛んきて。最後に現れた猫は炎に近づくと、ゆっくりと背伸びした。
 
彼女と彼はつき合っていて、笑顔の親友がいた。親友の趣味は人間観察で、ひとつ気づいた。彼が好きなのは彼女の長い黒髪だってこと。しばらくして彼女は髪を切った。床に落ちる烏の濡れ羽色。髪色も軽めに。聞かれたから、いいと思う、と親友は答えた。今は親友が黒髪をのばしており、静かにお茶を飲むのだった。
 
金木犀の香る午後。家の前の通りでラッパの音がすると、誰もいない二階でピアノが鳴った。ラッパの響きは「眠ったピアノ引き取ります」というお知らせで。ピアノは「起きてますよ」って、寝ぼけているのだった。
 
金木犀。この季節になると彼女のことを思い出す。近づきがたい、というのではないけど。どんなに親しくしてもらっても、儚げに杳々として、きっと抱きしめても我らの距離が縮まることはなかったろう。溢れるような花を手にとっても、香りはどこか遠い。
 

こんな話を書いた

ぼくはポエマー。彼女への恋文がデビュー作となった。勇気を出して手渡した手紙が、彼女の手によって公開されたのだ。残酷な女よ。ひゅー、ひゅー、と囃し立てる級友たち。壁に貼り出されていた便箋を取り戻し、その場で音読してみた。声はひきつり、たどたどしい朗読だったが。まばらな拍手はいただいた。演劇部に入ろうかな、って思った。
 
我輩が描く絵は、ほぼ無視された。淋しい。Kに相談すると嫌な顔をした。では、見せてみろ、というので。最近、描いた猫を見せた。Kは、良い絵だね、と言った。構図も色もいい、技術はないがいい顔をしてると思うぞ、云々。聞いているうちに、だんだん居心地が悪くなってきて、それは君なりの世辞かね、と尋ねた。Kは、いきなり立ち上がると部屋を出ていった。さっぱり分からぬ。
 
俺は健康ガンマン。早撃の練習もするけど、適度な運動と食事、睡眠に気をつけている。決闘の前に我々は酒場で一杯やる。相手はウィスキーで、俺はミルクを飲む。勝ち負けより健康だからな、って言ってやる。笑った方が負ける。飲酒によってコイン三回転分くらい反応は鈍るのだ。
 
蔵をごそごそしていたら、勲章と一緒に一振りの短剣が出てきた。こいつは凄いやと思い、日にかざして見た。ちょうど口寄せの婆さんがきていたので、亡き父を呼び出し、短剣の由来を尋ねた。父は短剣を手にとると、まだこんなものがあったのか、と言った。それから僕の胸をひと突き、するふりをした。怖かった。「短剣は面白いか、持って歩きたかろう、そしていずれは人の胸に突きたてるのだ、阿呆が」
話したくないのだな、と思った。
 
ぼくらは扉の前にいた。
「この向こうには途轍もないものが隠されている」ってやつが言った。
「おう!」眩い財宝の山か、古の王の白骨死体か、世界の秘密か、お昼寝中のドラゴンか。あるいは青い深淵への落下か、幼年期終了のお知らせか。ともかく、びっくりすることは間違いなし。
 
偶然たおれた花瓶によって捕獲された小人さんの弁。
「だから、おれは天使なの、翼もあるよ、ただまだ小さいから、それに透明だし、羽ばたいて飛んでも、君の目には見えないかもね」

鵺の鳴く霧深き河のほとりに死人の街はあり、住人はよく腹を割り呻いた。魂は肝に宿る、とされており「キモ」といえば、腹の底よりってことだった。キモと呻けば、キモと呻き返して、乾いた内臓を抉りあいっこするなどは仲良しの証拠であった。
 
十五夜
校門を乗り越えると校庭は赤く染まっていた。彼岸花だった。「噂どおり」とKは言った。
「学校が昔、お墓だった頃。こんな眺めがあったに違いない。花の幽霊だね」
それから、ぼくらは一句詠んだ。なぜって、この冒険は俳句部の活動なのだ。
 

こんな話を書いた

誤解があるようだが。「本書の内容は完璧な形で、目次に要約されれいる」と序文にある。従って目次だけを読んで批判するのも、作者の主張に照らして正当なのである。目次だけで二百頁あまり、本文の方が注釈のような有様で要約といえるか、という事に目をつぶればの話であるが。
 
今は昔。校正さんの不注意と文選工さんの誤解から、転生者「サル」が召喚された。望んだ覚えもなくこの世に招かれたサルは世界に言った。「ひとつ貸しな。といっても仕方がない。お前を選びなおそう」
同じ日、転生者「猫」も現れた。猫は自ら望んで、この地に降り立った。猫に出来たのは、事前の説明不足について不平を述べることだった。「ふっ、まさに好奇心は猫をも殺すだ」
  
嵐の近づく夜。三叉路の影で彼女にキスをした。すると二階の窓から顔を出した白い老婆が叫んだ。「見たぞ、この目で、しかと焼き付けた」何事だと思いつつ彼女を見ると唇から血を流し力なくその場に崩れ落ちた。「悪魔め、いや悪魔と言われてアンテッドだと訂正するプレイヤめ」と老婆はさらに叫んだ。なんだか面倒くさくなって鼻をこすると、我が身は幾つも影に分かれ、羽ばたいて飛んでいった。
 
一度だけ美少年になった事がある。演劇部で主役に抜擢されたのだ。部長はいった。「お前の思い込みの強さだけに賭ける。性別も容姿も超えて、この俺が舞台でお前を輝かせる。お前は何も考えるな。ただ胸をはり後方にぽんぽん台詞を投げれば良い。回りが右往左往してそれをキャッチする。おっけ?」
理解できない演出だったが。実際それで嵐のような拍手だった。
 
久しぶりに我がブログを見たら。大きな広告が出ていた。「この広告は九十日更新がなかったので表示されております」と書いてあった。調べると、更新がなかった場合は九十日ごとに広告が増える仕組みのようだった。放っておくと、広告のスペースがどんどん広がるらしい。ふと、お墓の雑草を思った。
 
金木犀が咲くと、オレンジ色の唇から思い出が溢れだす。香りは印象的だが仄かで、より遠くまで拡散していく。
便りもとだえた彼について。確かな事を述べるのは難しい。画家でも、詩人でももなく、雨が降っても楽譜にとどめようとはしなかった。何者でもない。まるで存在を間違えたかのように、微笑んで我々の間を通り過ぎていった。唇のひとつが、彼の背中には翼が生えていた、と言っても驚いてはいけない。
 
登山家が山で死に、彼自身が気づかないことがある。登山家は登り続ける。もくもくと。迫りくる白い壁。麓から望遠鏡を覗くと、雲の頂をめざす彼らの姿がごく稀に目撃される。
 
健脚自慢の姉は山に登る。帰ってくると決まって、肩が重い、って言う。なにか憑いてきたのかも。そして登ったお山のいわくを、事細かく教えてくれる。一度、霊のいない山はないの?って聞いたら。一喝されてしまった。
 
半分、眠りながら白黒の映画を見ていた。塔から身を投げる女を、男が見上げていた。男は高所恐怖症だった。死んだはずの女と、とても似た女が現れて男は混乱した。混乱しながら女に赤いドレスを贈り、髪を伸ばしてくれと頼むのだった。女は二つの瓜を手に取ると、それぞれを握力で破壊するのだった。
 
映画を見ていた。集った男達は室内に閉じ込められ、ひとつの結論にたどり着かねばならず言い争い、雨が降り、最後の一人が間違いを認めて、やっと解放されたように主人公も石の階段を降りて建物から出ていった。
映画館を出ると眩しかった。水たまりに西日が反射していたのだ。それは夜の記号ではなくて、青い空が映っていた。

こんな話を書いた

藤の手入れを頼む。息をひきとる前、父は息子にそういった。息子は思った。彼はこう考えたのだろう。自分が死んでも藤は残る、手入れをしなければすぐに枯れる、四季はめぐり続ける、そこには何の疑問もない。息子は藤を眺めた。鉢植えのわりには大きく見えた。しばらくして人に譲った。
 
白い翼の彼女はぼくの天使だ。いつも、ぼくのことを見ていてくれる。ぼくはとても自由で、彼女も何も言わない。ただ悪いことをすると手帳をとりだして、消えない文字で記録する。彼女が手にするペンの先は真っ赤に燃えている。
 
鉛色の服をきて鉛色の世界を見ていた。濃淡の世界に少しまぶしい白衣の人が現れ、空にかかる虹を語りはじめた。ぼんやり聞いていると。日が沈みだし、空が色づきはじめた。燃えるような空だった。目から涙があふれた。白衣の人に近づいて、ナイフで刺した。
目を覚ましても、赤い色は鮮明に覚えていて。夢には色があったのだな、と考えた。
 
島の恋人たちは抱きあうと、よく相手の背中をたたく。パタパタと。この身ぶりは「あなたは私の天使だよ」ということを示してる。「背中に翼は生えてない?遠くに行かないで。ずっと側にいて。私の大切なひと」
子供を抱き上げ、パタパタするっていうのも、よく見かける光景である。
 
ふくよかな体形の彼は太陽の国にきて、波乗りの練習をはじめた。海原を相手にしてても、意地悪を言う人もいた。でも夜には地元の焼き鳥を食べてお酒を飲んで胡瓜で口直し。いつしか褐色の肌。笑うと白い歯が光る。ふくよかな体形のサーファーになった。
 
 
 

こんな話を書いた (夢おち)

小舟で、うつらうつらしていたら。後頭部から水に落ちた。気泡がのぼっていき、湖面に映る月は遠ざかっていった。なぜこうも体が重いのか。そのまま眠りたかったが。息苦しさに目を覚ました。私の胸の上でクマが寝ていた。
 
夢の中で、すべては道であるとクマは説いていた。太く濃い道もあれば、細く薄い道もある。道なきところを歩めば、それも道になる。海原をいく船の後のすぐに消えちゃう泡も道である。もぐもぐ。この有難い道話は、キャラメル一個で得た。
 
嵐の朝。王よ、と私は呼びかけた。
「これなるは蜂蜜飴。幾万の蜜蜂どもが集めし花の蜜、養蜂家のおじさんが遠心分離機にかけ零れし琥珀の輝きを型に入れ固めし逸品。どうぞ、をお口に」
閉め切った暗い台所でお茶を飲んでいると、口をもぐもぐさせたクマがやってきて言った。
「反乱軍に包囲された城の玉座に座っている夢をみてた。もうダメかも、思っていたら魔法使いがきて、宝石を口に入れろと教えてくれた。目を覚ましたら口の中に蜂蜜飴があった。脱出できて良かったよ」
 
うなされているクマの口に、キャラメルを放り込んだら。もぐもぐと口が動いた。面白かった。台所に行きお湯を沸かしていると、寝ぼけ眼のクマがきて、不思議だ、と言った。
「学校に行く夢を見てたら、そこはお菓子工場で工場長の先生がバター飴をくれた、目を覚すと口の中にあったのはキャラメルだった、不思議な事もあるものだ」

クマの口に、またキャラメルを放り込んだ。もぐもぐして、面白かった。台所でお茶を飲んでいると、枕を抱いたクマがきて、不思議、といった。
「刈った先から生えてくる雑草と格闘していたら、後ろから死神がきて、いきなりキスをされた。固く冷たいキスだった。でも、もぐもぐしてたら、柔らかくなってきて。目を覚ますと、口の中にはキャラメルがあった」
 
クマの口が、もぐもぐしてた。キャラメルも切らしていたので、何も放りこまず、台所でお茶を飲んでいたら。半ば眠っているクマがやってきて、こう言った。
「拷問の学校に行く夢をみてた。入り口には、やっとこを持った石像が立っていていた。知らない人たちばかりで君を探したけど、どこにもいなかった。でも目を覚ましたら、ここにはいた。よかった。ところでキャラメルは持ってない?」
 
南の島で釣りをする夢をみていたら。クマがきて私の手を握った。眠りを邪魔されて不機嫌に寝返りをうつと。クマは雄々しくこう言った。
「さびしくて、きみが泣いてるんじゃなかいか、心配になって」
寄せては返す眠りの波打ち際で、私はこたえた。
「魚が釣れたら、また来てください」
 

こんな話を書いた

鯨の腹の中は暗く、ゾンビでさえ酸によって溶ける。鯨の腹の中の街の住人の多くは、亡霊である。鯨が塩を吹くとき、亡霊も空に吐き出される。イーハー。多くは虹となって消滅する。鯨の腹の街の住人にとっては、月光さえまぶしすぎるのだ。
 
未来の春はロボットが売っていた。男はロボットを座らせると、朗読をはじめた。
「夕日の燃える平野で詩人の群れが死んでいった。車輪にひかれ、ゆっくりと、あるいは速やかに。ああ。だが詩人でなくとも死ぬのだ。ブースター点火。加速に成功すれば。車輪から逃れるものも現れる。詩と人が分離され。人は死に。詩はその先へ」
ロボットには盗聴器が隠されており秘密の組織が聞き耳をたてている、というのが彼の信念だった。
 
月がのぼっていた。彼女を見れば変わらぬ笑顔で、ほっとした。こっそり私はこの街を憎んでいたが、彼女は世界とも仲良しで。それが、つらくもあった。たぶん私は彼女になりたかった。
「へえ。私の笑顔はうそよ。そう育てられたから、笑ってるだけで。最近はその薄っぺらい仮面すら重くてね」
びっくりした。そのチープな薄皮を一枚ちょうだい、と思った。
 
朝。はじける音がした。庭に出てみると椿の横に白い煙が浮かんでいて、その下に帽子をかぶった小人さん達が整列してた。赤い帽子、白い帽子、青い帽子。また、はじける音がして、かけっこが始まった。最初の音は花火だったらしい。
 
私たちは立ち上がり、それぞれの星を指さした。方向は、ばらばらだった。私たちを代表して私がいたわけではなかったし、共通の私がいるはずもなかった。私たちが認めていたのは各々の足元、よってたつ平面の方だった。
 
銭湯の富士は涅槃を表している。だから湯気の向こうの富士を仰ぎ見て、極楽、極楽、と呟くのも尤もなことである、と雑学の本に書いてあった。私の話をすると。近所の銭湯には公園の絵が描いてあった。「グランド・ジャット島の日曜日の午後」という題名を知ったのは大人になってからである。
 

こんな話を書いた

 
通りに面した二階に物静かな読書家が住んでいた。時々、読書家は目頭を押さえると立ち上がり、窓を開けて通りを見下ろした。物売りたちの声は面白かった。飴屋に金魚売り、竿竹屋に風鈴売り、焼き芋屋に小指売り。耳障りな声がすることもあるが。読書家はそっと窓を締めて、また本を読み始めるのだった。
 
すごいむかし、美しい国がありました。大輪の花のような国でした。その香りを遠くに嗅ぐだけで、千年ぶんの幸福でした。人々は花の国を語り継ぎました。むかし、といえば花の国の時代のことを指すほどでした。いつの時代の年寄りも、むかしは良かった、という理由です。往年、祖母がそう言ってました。
 
彼とケンカすると悲しくなる。でも一人になる時間も私には必要だった。土手を歩いて夕日に燃える花を見て、彼と一緒だったらと考えた。大丈夫。彼は待っていてくれる。こんな時のために毎日、ささやいておいたのだ。怒っても、きっと仲直りしに帰るから、遠くには行かないでね、と。
 
彼は無害な書き手だった。小石のような話を書いていた。それは池に投げても波紋を起こさない小石だった。水面を見つめ思った。不思議だ。まるで存在しないかようだ。その時、蛙が池に飛び込んだ。危ういところだった。
 
計器を担いで山に入り、地面に電極をさして歩くバイトをしていた。温泉を探しているらしい。間違ってお母さん大蛇を起こしてしまい、ぐるぐる巻きにされた。おかえり、と大蛇は言った。その目には、とても長い物語が映っているらしかった。丸呑みされて、私の物語も消化されてしまうようだった。
 
二人して夕日に染まりながら、海沿いの公園を歩いた。なんのオブジェなのかは知らないサイコロの形をした石が置かれていた。彼は私を抱き上げると、その石の上に座らせた。
「ごめん。何度も言ってるけど。俺は、男が好き。なのに君は、どんどん女の子になっていくね」
 
十月がくると同時にクマは畑に行き、南瓜を新聞紙の上に置くと中身をくり抜いた。目を穿ち、口にはノコギリ状の歯を尖らせ、中に蝋燭を置いて辛抱強く日暮れを待ち、ランタンに灯をともしてからは、月の明るさに不平を述べるのだった。早く作りすぎた南瓜お化けは、三日目に口を閉じた。クマ曰く。「ふむ、次はもう少し口を小さくしよう」
 
畑で収穫された私の頭にナイフが刺さった。切り込みが入り、フタが開けられる。侵入してきた手が臓物を引き出し、ゴミ箱に捨てた。おなかにも二つ穴がうがたれ、ジグザグにも切られた。夜がきて、空洞な私の中のロウソクが灯された。通りには多くのオレンジ色がぼんやり光っていた。やがて小鬼たちが列をなし、歩いてきた。“Trick or Treat”
 
ランタンのともる住宅街を、口の悪い魔女の手をひいて歩いていた。
「さっきの車が突っ込んできたら、おまえは死んでいたな、大きな車だったから、お墓二コぶんも死んでいただろう」
私は思った。その場合は、おまえも死んでいただろう、小さな魔女だから、お墓七コぶんも死んでいた。泣き出されても困るから、お墓の正しい数え方を教えるだけにした。
 
ハロウィンの夜。電車に乗ったら神父にお説教をされた。「おお※※※ しんでしまうとは情けない!」三つ目の駅で降りて、星を指差す銅像の前で三角帽子の魔女と出会った。「えーっとミイラ男?」と聞かれたけど、ぼくは答えなかった。透明人間は理解されない。